配属を希望する学生さん達へ

当研究室では,コロイド(溶媒中に微粒子が分散したもの)や高分子などの柔らかく複雑な内部構造を持つ物質である「ソフトマター」や,細胞やバクテリアなどの自主的に運動する物質である「アクティブマター」のダイナミクスについて,主にコンピュータシミュレーションを用いて研究しています.世界的にも活発で魅力的な研究分野ですが,最先端であるがゆえに,その分研究を開始するまでに勉強することが多くなります.特に数学系・物理学系の基礎知識の習得が不可欠です.学生個人の自主性を重視する(古き良き京大の)伝統を守っていますが,それは決して楽な研究室を意味するものではありません.研究に対するモチベーションが高い人ほど充実した日々を送れるように運営しています.

私達の研究室について

当研究室は至って普通の研究室ですが、近隣の研究室と比べると少し変わって見えるところがあるかもしれません。

  • 実験室がない:理論ベースの研究や、計算機シミュレーションを用いた研究が専門なので、自分たちで実験はやりません。実験を軽視するわけでは決してなく、自分たちよりより優れた実験の研究室が数多くある中で、理論やシミュレーションに特化した研究室として存在感を出そうとしています。

  • 英語が上達する:かどうかは本人次第ですが、長期滞在の外国人が比較的多いので、自然と英語を使う機会は多くなると思います。スタッフのセミナー発表は基本的に英語です。個人的には、大学にいる間は英語を使う時間が日本語を使う時間より長い気がします。特に英語を推奨しているわけではなく、言語はただの道具として便利に使いこなしましょうという立場です。

  • 居室がきれい:本当にそうかどうかは微妙ですが、自分のデスクで集中して考え事や作業をする上で、オフィス環境は非常に重要だと考えています。研究室(居室)は基本的に研究をするところなので、自前のセミナー室を持ち、学生やスタッフが議論したり休憩や食事をとるためのスペースとしても開放しています。2017年より、月2回の居室の清掃を業者に委託しています。

  • 椅子が高級:確かに椅子には投資をしています。リラックスして快適に過ごしてもらうため、ではありません。我々のような研究スタイルだと、長い時間椅子に座ってこそナンボです。いい椅子だと、より長い時間椅子に座って研究や勉強もどんどん進むに違いない、という期待を込めての投資です。アーロンチェアやミラチェアというIT業界で有名な椅子も研究室には多くあります。ググってもらえればその意図がわかってもらえると思います。

  • Macが多い:各自のデスクトップはかつてはWindowsばっかりだったのですが、若手の教員やポスドクの影響でMacが増え、今ではすっかり逆転しました。私(山本)自身もついに諦めて、2016年に全ての電子デバイスをApple製に変えました。シミュレーションは研究室のサーバーか計算機センターのマシンで行いますが、そちらはLinuxで動いています。

  • 学生の自主性を尊重する:当研究室ではこれまでずっと自主性に任せる方針でやってきて,それで大きな問題はありませんでした.実際,学生の意識もレベルも高く,それについては感心することしきりです.我々が自主性に任せるというのは,「いろんなことに興味があるのは大いに結構だが,本業である学業で結果を出してくれ」と言うことです.卒業研究・修了研究に関して言えば,過程より結果を評価するという立場であり,結果が優れていればかけた時間はそれほど重要ではありません.しかし少ない時間で良い成果を得ることはほとんど起こり得ない話であって,誤解のもとです.研究成果の質とかけた時間にはやはり正の相関があります.卒論・修論に求められる基準を満たすためには,各自が研究室で過ごす時間は自ずと長くなるはずです.

研究者になるには:[2011/05/26]

大学4年間のうち、学部生が研究室で過ごすのはたったの1年。工学系では修士まで出る人が多いが、それでもせいぜい3年にしかなりません。大多数の学生は、学部を卒業するか、修士課程を修了すると民間企業に就職し、会社員としてのキャリアをスタートします。この経路については今更するまでもないので説明しませんが、いわゆるアカデミックポストの研究者(大学教員、独立行政法人研究所の研究職など)になるための経路については、実のところあまりよく知られていないようなので、ここで簡単に説明してみようと思う。

大学教員の場合、典型的には以下のような経路を辿ることになります。

  • 大学生(4年間)
  • 修士課程大学院生(2年間)
  • 博士課程大学院生(3年間)
  • ポスドク(数年)
  • 教員(助教、講師、准教授、教授)

修士課程との最も大きな違いとして、博士課程では自分の研究論文を国際的な学術誌上に出版することが必須です。まずはこのような論文を複数出版し、最終的に博士論文として1つにまとめた上で学位の審査にパスすれば、めでたく博士の学位の取得となるわけです。卒論や修論は自分の指導教員のOKをもらえばすむのに対して、研究論文では共著者(指導教員が入っている場合が多い)とともに査読者(通常その分野のエキスパートであるが、匿名なので誰だか分からない)を納得させる必要があります。どんなに自信作であっても、査読者から「この論文は素晴らしいのでこのまま掲載可能」、などというありがたい返事が返ってくることを期待してはいけません。査読者はこれでもかというくらいにシビアに攻撃してくるのが常であり、査読のプロセスには膨大な時間と労力を要することもしばしばです(数ヶ月~1年のオーダー)。特に誰もが自分の論文を載せたいと思っているような有名雑誌だとその傾向が顕著で、掲載を断られることももちろんあります。学術研究では結果が出てもまだ半分、論文を出してはじめて完結します。博士の学位を取るには多大な労力を要するが故に、めでたく学位を授与されたときの際の喜びもまたひとしおです。ちなみに、日本とは異なり、欧米の大企業で研究職にある人だと、博士の学位を持っている方が普通です。

スピーチ:[2010/03/01]

研究発表ではまず第一に話の中身が問われますが,いろんな人の話を聞いていると話し方の上手下手にも大きな格差があることが分かります。ましてや一般的なスピーチでは,メッセージがうまく伝わるかどうかはスピーカーの力量に大きく依存します。国内だとそんなに感じませんが,外国に出るととんでもなく素晴らしいスピーチをする人がいて驚かされます。スピーチの技術を向上させる早道は,自分が素晴らしいと思うスピーカーのまねすることなのだとか。下の英語のスピーチ(日本語訳もググれば出てくる)はあまりに有名ですが,もし聞いたことがなければ一度聞いてみてください。さすがと思わせるものがあります。もっともこれはSteve Jobsだからこそ説得力があるわけで,まねするにしても自分流にやらないとおかしなことになってしまいます。

Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address

(日本語の字幕も出せます)

研究者の世界では英語は自己主張のツールなので,(英語だけ出来てもダメですが)ある程度は出来て当たり前。しかし,ネイティブでない限り誰でも英語で苦労します。まずは苦手意識を克服し,おかしな英語話すことを恥ずかしいと思わないことが第一歩ではないでしょうか。

BerlitzのCM

失敗に寛容であること:[2009/09/11]

何か新しいことへの挑戦には失敗がつきものです.何事であれ,積極的な行動の結果としての失敗には寛容であり,成功には大きな拍手を送る社会が理想的だと思っています。「他人の失敗を攻撃し,成功を妬む」ような社会に競争力を生み出す力はなく,遅かれ早かれ衰退することは誰でもわかります.

理想にはほど遠いですが,他の世界に比べれば研究者の世界は積極的な失敗に対して寛容だと言えます.そもそもアカデミックな研究(特にサイエンス)は常に誰も知らないことへの挑戦なので,多くの失敗が存在することを認めた上で数少ない成功をたたえる,つまり新しい挑戦に対して成功すれば大きな評価を与え,失敗しても減点しないという良識の上に成り立っています(と信じたい…).

もしそうでない研究分野が存在するとしたら,そこでは失敗する確率の低い「手堅い研究」にばかり人が群がり,ブレークスルーをもたらすような新しい挑戦はリスキーなものとして避けられてしまうでしょう.こうなるともう限られたパイの奪い合いです.若い人が自分の貴重な人生をそういうことに浪費するのは面白くありません.研究者の世界では,退場すべきは挑戦して失敗した人ではなく,挑戦しない人なのです.

我々の研究室に来る学生さん達にも,失敗を恐れずに何か新しいことに挑戦して欲しいなと期待しているところです.研究とは本来やり甲斐があって楽しいものなので,もしそうでないとしたら何かがおかしいのではないかと疑ってみることも大切です.指導教員の言うことを鵜呑みにする必要なんて全くないですよ.ましてや「周りの空気を読む」なんて馬鹿らしいことにとらわれてはいけません.「自分には価値がある」と少し自惚れているぐらいがちょうどいいと思います.

リスクに鈍感であること:[2009/09/11]

複数の選択肢から1つを選ぶ場合,その選択が妥当なものかどうか期待値だけではなくリスク回避を考慮に入れて決断を下すことが普通です.卒業後の進路のような重要な選択であれば,なるべくリスクを避けたいという気持ちが働くのはよく理解できます.かく言う私も学部を卒業してすぐに当時1番人気の自動車会社に就職しました.「とりあえず入れるうちに大手企業に入っておけばリスクはないだろう」なんてことを全く考えなかったと言ったら嘘になりそうです.

結局すぐに退職して大学に戻ることになるのですが,大手企業を辞めて狭き門と一般に言われるアカデミックな世界を目指すことについては,不思議とリスキーだと思ったことは一度もありません.自分に自信があったわけでは全くなく,たぶんリスクに対して鈍感なのだと思います.

あとでわかったことですが,どうも同業者の多くがリスクに対して鈍感なようです.確率からすると分が悪い賭けに対して,確固たる根拠なしに「まぁ大丈夫だろう」と思えるのは,ある意味研究者になるための重要な資質?なのかも知れません.逆にリスクに対してあまりに敏感だと,マラソン競争をしている途中でいろいろ考えてしまって,ゴールに着く前に精神的にくたびれてしまいそうです.

会社を辞めた理由は実はとてもいい加減なものです.研修・実習期間を終えて希望通りの研究所に配属されてしばらく経った頃,同じ部署の50人ほどの先輩社員を眺めていると,ふと新入社員から定年まで続く長い列に並んでいる気がしてしまいました.「自分の10年後はこのあたり,20年後はこのあたりなのかな…」というようなことまで考えてしまい,とたんに列から離れたくなったというのが真相です.

博士課程への進学:[2007/06/08]

当専攻の学生はもちろん,他の専攻や他大学出身者を含め,将来研究者になるというモチベーションの高い人の進学を歓迎します.経験的に自信の有無はそれほど問題ではないですが,モチベーションの有無は決定的です.

博士課程へ進学する場合,研究に対して好奇心旺盛であることが必須です.結果として,進学によって自分の社会的な価値が高まるかもしれないですが,それはあくまで付加的なものに過ぎません.進学するか否かは自分で決めるもので,私ができるのは研究の魅力を伝えることぐらいです.それ以上コミットして欲しい人は個別に相談してください.

将来を明るくするか暗くするかは,結局のところ本人次第だと思います.進学時点でその後の保証を与えることは残念ながら出来ません.研究の世界はスポーツの世界と少し似ています.他の世界に比べて圧倒的にフェアであり,成果がでれば自ずと道は開けてきます.そういう健全な競争を厭わない態度が必須です.

研究アプローチ:[2005/11/02]

われわれが研究対象としているソフトマターは,マルチスケール(ミクロnm~メソμm~マクロmm)の複雑な階層構造を持つことが特徴です.たとえば高分子材料の場合,(ミクロ)=原子<モノマー(単量体)<ポリマー(重合体)<絡み合ったポリマー<ドメイン<相構造<材料=(マクロ)といった階層構造を持っています.

このような場合,最上層にある材料のマクロな物性を知るためには下位階層の構造物の性質を正確に知る必要が生じます.この効果を無視するか,あるいは経験的な手法で考慮するというのがこれまで化学工学分野で一般に行なわれてきました.我々のグループでは統計力学や流体力学をベースにした新しい手法を用いて,理論的にこの問題を解決しようと研究しています.

理論的にと言っても,このような難しい問題は紙に鉛筆で式を書いて解決できるようなものではありません.我々はコンピュータシミュレーションを用いてこれらの問題に取り組んでいます.問題に応じて研究室のパソコンやクラスターマシンから地球シミュレータなど世界最先端のハイパフォーマンスコンピュータを使用することになります.

大学院への進学:[2005/10/17]

当専攻の学生さんの多くは大学院修士課程へ進学しますが,残念ながら博士課程への進学希望者が少ないのが最近の傾向です.純粋に学生さん本人の希望や適正などがそうさせているのであれば仕方がないですが,学生さん自身に将来研究者を目指す希望があり適正もあるにもかかわらず,漠然とした将来(博士課程修了後)への不安や,友人達と別の道を選ぶことへのためらいが主原因であるなら大変残念なことです.

これは価値観の問題でもありますが,本人の希望と適正があるならば,研究者になることは目指す価値のあるすばらしい目標だと思います.希望については皆さん自身の問題なので自分で判断してください(これがもっとも重要です).適正についてはその時の指導教官の先生が助言してくれるかもしれません(参考程度に…).京都大学に入った皆さんなら能力的には全く問題ないはずだと私は思っています.

我々の分野に関して言うと,ソフトマターは新しく活発な学際分野なので研究者としての活躍の場は広くあります.他専攻や他大学や外国からの参入も歓迎です.若い皆さんの挑戦を期待します.

自己紹介:[2005/10/17]

2004年10月,化学工学専攻・移動現象論分野に着任しました.私自身も修士課程までは化学工学を専攻したのですが,分子工学で学位を取り,その後10年弱は教員として物理学・宇宙物理学専攻・統計力学研究室にお世話になりました.現在は,計算科学の手法を用いて化学工学(移動現象)と物理(統計力学)の境界領域を研究対象にしています.

コロイド(溶媒中に微粒子が分散したもの)や高分子などの柔らかく複雑な内部構造を持つ物質のことを総称して「ソフトマター」と呼ぶのですが,そのソフトマターに関連する各種ダイナミクス(流動,移動,拡散,外場に対する応答,などなど)をコンピュータシミュレーションという手法を用いて研究しています.

ヨーロッパやアメリカでは,純粋にアカデミックな立場から工学的な応用に直結した立場まで幅の広い大変にホットな研究分野であり,実験・理論・シミュレーションそれぞれの立場から活発な研究が行われています.特に,アメリカでは化学工学の重要な1分野として定着し,活発な研究活動がなされています.

近頃は日本でも「ソフトマター」という言葉がポピュラーになってきましたが,残念ながら化学工学からの貢献はまだまだ少ないように思います.しかし実際には化学工学が得意としてきた各種移動現象や熱力学,コンピュータシミュレーションや統計力学の知識が大いに役立つ分野なのです.個々の研究内容についてはこちらを見てみてください.質問があれば直接桂キャンパスのA4棟117号室まで私を訪ねてください.